[書評・マスコミ論評]=1 北海道警裏金事件後の新聞の自殺 警察を追及した新聞社の興亡と新聞が自殺した日

[書評・マスコミ論評]=1 北海道警裏金事件後の新聞の自殺 警察を追及した新聞社の興亡と新聞が自殺した日

◇ 道警の反発と圧力

 道警はこの報道に対して真っ向から反発した。「週刊誌みたいな記事ばかり書いている」という嫌味は甘いもので、警察幹部級に取材しにいくと「出ていけ」と怒鳴られる、「おたく(道新)のデスクとキャップは狂った」、「道新はアカ新聞になったのか。共産党の赤旗と一緒だ」と記者が罵られた。また「これから事件事故の情報をいっさい教えない。道新の社会面は干上がる」と情報封鎖を宣告した、さらには「おたく(道新)は敵だ。二度と口をきかない」と宣告されることもあったという。当然、見える圧力、見えない圧力はさらに高まっていき、道新の記者がいることを理由に報道連絡でほとんど何も話さず、記者の退出を暗に促すケース、交通安全キャンペーンの取材にすら応じない、果ては警察官舎や警察署で道新の定期購読を打ち切っていくなど、凄まじいものがある。
 当然、これらの圧力に最初に根を上げたのは営業側だった。道新上層部は取材班に道警との“手打ち”を打診した。さらには社内でも、「長年かけて培った道新と道警の関係を壊している」という批判もあったという。道新と道警の戦いは長期戦の様相を呈した。平成十六年十一月の裏金発覚から約半年が経過しても、裏金を認めることはなかった。

◇ 道新の勝利と突き落とし

 道新は平成十六年十月に日本新聞協会賞を受賞した。受賞は約八年ぶりということで、まさに栄誉ある賞だった。翌十一月二十二日には道警の内部調査で、平成十年から平成十五年までの六年間に捜査報償費などの不正流用が計約七億千五百万円に上ると結論付け、十二月には二億五千六百万を返還しているのだから、一見すると道警の内部告発と、内部告発、そして道新の追及の成果にみえるし、事実受賞までしている。しかしこのころから、道新の行き先に陰りが見え始めた。
 受賞翌月から、佐々木友帯・元道警総務部長(当時)から「書籍掲載記述に対する謝罪等要求状」が高田氏と、道警キャップの佐藤一記者宛に届くようになった。
 書面によると、佐々木氏は旬報社から発刊された「警察幹部を逮捕せよ」という高田氏の書籍と、「追及・北海道警裏金疑惑」の両書により、存在しない事実が掲載されたため、記述に対する謝罪と被害の回復を要求していた。そのうちの焦点は(一)道新の記者に「会計書類には協力者の実名は書かない」、「わかるでしょ、理解してよ」といったことはない。(二)私は(裏金のことで)上司に叱責されたことはないのに、書籍によって貶められた。(三)道警を退職した直後に道新の記者に「いやいやいや、いったいどこまでやられるかと思ったよ」といったことはないというもの。
 佐々木氏はこれを契機に、複数回にわたって「要求状」を送るようになった。要求状は翌年には、「質問並びに再々要求状」と題を変えてエスカレートしていき、揚げ句「報道被害に関する調査等のお願い」、「読者と道新委員会の回答要請と照会について」、「再度の回答及び資料等開示の要求について」、「読者と道新委員会に関する質問について」、「ねつ造記事に関する謝罪及び調査等の要求並びに質問状」、「ねつ造記事に関する謝罪及び調査等の要求並びに質問状の質問の追加について」と異常なまでにエスカレートし、合計で四十通に達した。
 書類の一部は、「道新の虚偽、虚構の報道は私にかかわる記事だけではない」、「まったく信用のできない新聞社である」。「何を話しても恣意的に、道新の意図することに都合のよいように、いわば書き得になることを計算に入れて書かれる」。「(私は)犯罪事実を訴えている。道新は名誉棄損罪を犯している」というもの。
 道新が回答を返送すれば、その言葉尻のあげ足を取ってさらに質問をしてくるという状態に陥り、ついには「要求状」の総数は百通に達したというほど。あえて郵送と書面で送られてくるこの「要求状」の狙いはのちに恐るべき形で明らかになる。

◇ 手打ちの一歩目と金と

 一連の追及報道により、道警は裏金を認め、約七億を超える裏金のうち三六%を道に返還したが、この事件を追及していた取材班は平成十七年七月には既に解散されていた。同月の人事発令で、高田氏と佐藤氏は東京支社へ飛ぶことになる。同年九月、札幌市のレストランで編集局長兼報道本部長、次長、高田氏と会合が開かれた。内容はやはり、道警と道新の関係だった。
というのも、先の道警の「取材拒否」により、道警が発表する事件や事故の記事がまったく取れなくなっていたという。ここで語られた道警側の言い分は、「自分たち(道警)は裏金作りを認めた。(芦刈)本部長は道議会で謝罪した。内部処分も済んだ。けじめはつけた。だが道新はやりすぎていた。自分たちはけじめをつけたのに道新がけじめをつけていない」という趣旨だった。後に道新が札幌地裁に提出した民事訴訟の資料の中には、道新編集局長の陳述書にこのような記載がある。「道警との極めて厳しい関係が続いていて、道内各地で取材拒否を受けるなどの苦戦を余儀なくされていた。取材現場の負担が重く、紙面への影響が長期間になり、懸念を抱いていた」。「道警の新しい総務部長と密かに交渉していた」と。裏金追及の件は、道警にとって屈辱的だったのだろう。実は裏では、道警総務課と道新との間で、非公式の“手打ち”交渉がされていたという。また、稲葉事件誤報疑惑のほかにも道新は二件の不祥事を抱えていた。
 「道新社員、六千万円着服」という見出しが朝日新聞に載ったのはこの年の五月二十八日だった。この前日、道新室蘭支社営業部次長が、平成七年から約十年間、広告の売上金約五千九百九十万円を着服していたことが発覚。この次長を懲戒解雇し、役員含む十三人を処分。室蘭署に被害届を提出していた。刑事事件となり、室蘭支社営業部は道警の家宅捜索を受けた。この事件を巡っては、当時の菊池育夫社長が参考人聴取を受けている。著によると、聴取前は堂々としていた社長が、帰社後には別人のように消沈していたという。
 裏金報道を追及していた新聞社が、金にまつわる不祥事を起こしたという事実は、当然大きく他紙を賑わせた。特に道新が締め出されている最中で、道警側は大手紙に連日情報を流し、道新の威厳は大きく損なわれることになった。
 さらに追い打ちをかけるように、道新の東京支社広告局社員が経費など五百二十五万円を使い込んでいたことも明らかになった。この不祥事は飲食店の女性に使っていたといい、これも金を巡る不祥事となった。道新はこの件で大きなミスを犯す。
 使い込み事件は同年三月下旬に発覚していたが、この社員を懲戒解雇にしていなかった。それどころか、依願退職扱いにしてしまい、あろうことか関係する書類を廃棄し、割増退職金、約二千万円まで払っていた。このやり方は会社法上の特別背任疑惑として、やはり道警の知るところになる。
 さて、裏金事件の報道をめぐっては、ほかの全国紙の非情が見える。ある新聞社は元々道警に強くなかったが、道新の裏金追及で道警は事件事故の情報レクで、他社を優先するようになった。ある全国紙の記者は、「道新さんはひどいですよね」。「ウチはそんな記事書きませんから」と露骨にこびへつらう真似を見せたという。報道の飛び降り自殺と揶揄されても仕方あるまい。また、この特別背任疑惑をめぐっては、事件の表面化前に大手の全国紙が社内の情報を既に掴んでいた。著では、道警経由の情報ではないかと推測されている。

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