新聞不振が言われて久しい。いわゆる“マスゴミ”という言葉は、かつて学生運動全盛のころから言われていた。もっとも、その当時はほかにも“ブル新”(ブルジョアの意)という言葉も多く使われていたが、昨今の報道各社を見ていてもあまり熱気を感じることが少ない。特に警察が絡む記事は、最初こそ大きく取り上げられるものの、紙面版ではせいぜい二段記事で、文字数は百五十字前後に収まってしまう。さて、かつて新聞やテレビは、権力と真っ向からぶつかることを恐れなかった。いつごろからか、そうした光景は見えなくなった。特に権力の中でも、警察が絡む記事はその傾向が強い。そうした「報道の無力化」への道のりを詳しく記したのが、元北海道新聞報道本部高田昌幸次長(当時)が出版した「真実・警察が権力に跪いた日」に見て取れる。
◇ はじめに
本書を読み解くにあたっては、事前に北海道警裏金事件について知らなければならない。同事件は平成十五年十一月二十三日、道警旭川中央署で「裏金」作りが行われていた疑惑が浮上。この疑惑は最初、テレビ朝日系列のテレビ番組「ザ・スクープ」が報じ、地元住民らが住民監査を請求した。これをうけ、道監査委員会が調査したところでは、捜査協力者として領収書の受領欄に記載された住民らが「そもそも協力費を受け取っていない」と回答。この協力費がいわゆる「捜査報償費」である。同番組では、内部告発者が持ち込んだ黒塗りされる前の捜査報償費に関する会計書類が報じられ、警察不祥事のそれを一気に決めた。
当初の芦刈勝治道警本部長は「不正会計の事実はない」と否定し、高橋はるみ道知事(当時、現自民党参院議員)もそれを指示したが、翌十六年二月に元道警職員原田宏二氏が、裏金作りが行われていたことを告発。さらに斉藤邦雄・弟子屈署元次長も裏金作りの実態を明らかにし、同年十二月には計三千二百三十五人が懲戒処分をうけ、同月に総額二億五千六百万円を道へ返還することになったものである。

同事件後、芦刈本部長は警察大学校長へ異動し、新たに樋口建史氏(現・万引犯罪防止機構理事長)が着任した。

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