[時事寸語]= 統一教会の末路

[時事寸語]= 統一教会の末路

 「深いご心痛を与えた」と言いながら、旧統一教会の田中富広会長は静かに辞任した。謝罪の言葉を並べながら、その舌の根も乾かぬうちに「高裁が必ず覆してくれる」と語る強気ぶり。被害者への反省よりも、裁判の勝敗に関心があるようだ。まるで自らを宗教団体ではなく「敗訴寸前の企業」と勘違いしているのではないか。そして後任には「二世信者」。過去の負の遺産を受け継ぐにふさわしい人選といえるだろう。改革どころか、血縁による継承。この団体にとって“信仰”とは、もはや遺伝子レベルの宿命らしい▼一方、海を隔てた韓国では、李在明政権の下で教団本部への家宅捜索が始まった。前海洋水産相をはじめ、与党議員への金品供与疑惑。ブランド時計、現金、便宜供与――どれも“宗教活動”の名に相応しくない。教義よりも現金の流れを信じる宗教。彼らが掲げてきた「世界平和」は、どうやら札束で築くものだったようだ。警察は大統領の指示からわずか六時間で専従捜査チームを立ち上げた。この迅速さ、日本にも少し分けてほしいものだ。「政界と教団の癒着」は韓国の話で済むのか――その問いは、安倍銃撃事件後の日本社会にも突き刺さる▼日本では、教団の政治への影響がようやく問題視され始めたものの、政界はどこか他人事のようだ。「関係を断った」と言いながら、裏で講演会に顔を出す議員もいる。被害者救済法は整ったはずなのに、返金は遅れ、泣き寝入りする元信者が後を絶たない。
解散命令を巡る裁判も終結したが、決着がつくのはまだ先。法廷の外で犠牲になった人生が、どれだけ積み上がったか――誰も数えようとしない。信者を“献金装置”として扱い、家庭を壊し、子どもを洗脳の中で育ててきた構造は何も変わっていない。看板を変えただけで、思想も手口もそのまま。まるで「信仰」という名のビジネスモデルだ▼韓国の捜査は、そんな組織の核心にようやく踏み込もうとしている。政権が変わるたびに保護され、利用され、再び生き延びてきた“宗教商社”。だが今回ばかりは、権力者の庇護網も薄れつつある。教団総裁・韓鶴子被告は政治資金法違反で起訴され、公判中。ついに“母体”そのものが法の手に晒され始めた。長年「霊感」と「政治」を混ぜ合わせてきたビジネス宗教に、ようやく現実の裁きが迫っている。「神の摂理」と言いながら裏で札束を渡してきた彼らに、もはや逃げ道はない▼日本の被害者たちは、この韓国の動きを固唾をのんで見つめている。解散命令が実現するか、あるいは再び法の網をすり抜けるか。いずれにしても、旧統一教会の“末路”は近い。信者を搾り、政治を操り、社会を欺いた報いは、いずれ必ず形になる。今や彼らの「信仰」とは、崩壊を免れるための言い訳にすぎない。信仰を金に、信者を票に変えた教団の最後の布教先は――法廷の中だ。神は沈黙しても、司法は見逃さない。ようやく、終わりの鐘が鳴り始めている。

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