[時事寸語]= ダレのための郵政民営化?

[時事寸語]= ダレのための郵政民営化?

 郵便局が、いまや「不便局」と呼ばれても驚かない▼かつて全国津々浦々を結んでいた赤い車が、いま北海道で止まっている。酒気帯び点呼の不備を理由に、軽自動車三十台が使用停止。ゆうパックが届かぬ町では、「不便になる」と嘆く声が上がる。民営化で効率化をうたったあの日から二十年。合理化の果てに残ったのは、合理ではなく不便である▼小泉内閣が「官から民へ」と掲げた旗の下、郵便は「市場原理」の海へと放たれた。だが競争の潮は、離島にも山村にも届かなかった。採算のとれぬ地域は切り捨てられ、人手不足は恒常化。職員は嘱託に置き換えられ、労働は薄まり、誇りも薄れた。「郵便局を民営化すれば便利になる」と言った人々の言葉ほど、風化の早い公約もない▼料金は上がり、封書は八十四円から百十円に。レターパックは六百円。ゆうメールも初の値上げ。値上げの理由は「燃料費と人件費の上昇」。だが民営化の理屈は「効率化によるコスト削減」だったはずだ。効率化とは、国民の負担を減らすためではなく、企業の利益を守るための方便だったと知る▼電子メールが普及したから郵便は衰えた、という説明は安直である。信書という名の「心」を運ぶ術を軽んじたのは誰か。投函口から届くのは、いまや請求書と広告ばかり。人と人を結んだ郵便の原点は、株主総会の議事録に書かれてはいない▼それでも、赤いポストは街角に立ち続ける。風雪にさらされながら、誰かの思いを待ち続ける姿は、かつての日本の公共を思わせる。便利を求めて失ったのは、心の通路であった。民営化という名の改革がもたらしたのは、民のためではなく、官でも民でもない「誰のためでもない改革」だった。届かぬ手紙がいま、問いかけている。誰のための郵便だったのかと。

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