[時事寸語]= 取材をやめた県紙神奈川新聞

[時事寸語]= 取材をやめた県紙神奈川新聞

 神奈川新聞が大川原化工機事件で五年もの間、取材を一度もせず記事を出し続けていた。取材なし、現場なし、FAX一本で未取材を認めるこの時代、記者倫理はどこへ消えたのか。しかも「関係者が誰かわからない」と、報道機関の本分を自ら棚上げする始末だ▼警察の発表と共同通信の配信だけを根拠に「地元紙」を名乗ることの空虚さ。取材もしないで記事を作り、しかも「担当者がいないので答えられない」という創作コメントまで登場。事実確認も、現場の息吹も届かぬまま紙面は埋まっていく▼「県紙」の矜持とは本来、地元の事件には現場で向き合う姿勢だったはずだ。記者の不在、現場の不在、取材魂の不在――新聞倫理は今や風前の灯だ。自らの怠慢を「人員不足」と他人事にするのは、報道機関としての自己否定に等しい▼通信社頼みの「省エネ新聞」が、地元住民の知る権利を守れるはずもない。記者が足を運ばない記事は、ただの作文に過ぎない。事件の背景も、当事者の声も、真実の重みも伝わらぬまま社会は置き去りにされる▼新聞社が現場を見捨て、未取材を常態化させる時、信頼という土台も音を立てて崩れていく。県紙最大手の自覚を、今こそ思い出すべきだ▼取材なき記事の氾濫が、新聞業界そのものの終わりを告げている。

コメントを投稿する

メールアドレスは公開されませんのでご安心ください。 * が付いている欄は必須項目となります。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。

ページの先頭