[時事寸語]= バカが総理になった国

[時事寸語]= バカが総理になった国

 高市早苗という名の総理が国際社会に乗り込むたび、日本の顔がどんどん小さくなっていく。羽田から飛び立つ政府専用機の機体よりも、外交の器のほうがはるかに軽い。台湾有事に関する軽率な国会答弁が波紋を広げ、中国は「誤った発言を撤回せよ」と迫る。首脳会談は拒否され、香港の学生交流事業まで停止された。それでも高市首相は「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を」と胸を張る。だが、世界のどこでこの言葉を真顔で聞く者がいるだろう。理念の美辞麗句は、外交の現実では空を切るだけだ。まるで子どもが大人の会話に割って入り、「正義の味方は僕だ」と叫んでいるかのようだ▼中国は国連総会で高市発言を「戦後秩序の破壊」と非難し、正式書簡まで送付した。国連事務総長宛ての文書が加盟国すべてに配られるという屈辱。敗戦国としての「歴史的罪責」を蒸し返され、再び“戦犯国家”の影がちらつく。これほどの外交的損失を招いてなお、本人は「想定の範囲内」と笑ってみせる。失言を信念に変える厚顔さ、孤立を自立と勘違いする愚昧さ。こうして日本は、国際会議の場で拍手も同情も得られない“独演会国家”になりつつある▼香港の高校生が来日を取りやめ、「中国の市民への襲撃事件が増えている」と理由を挙げた。要するに「日本は危険」と言われたのだ。半世紀かけて築いた日中の文化交流が、首相の軽口一つで吹き飛んだ。高市政権の外交とは、対話ではなく対立を作る芸術だ。敵を作れば支持率が上がると信じている。だが国際政治はプロレスではない。中国、韓国、ASEAN、アフリカ、どの国も今や“高市政権とは距離を取れ”が共通認識になりつつある。自由で開かれたインド太平洋どころか、孤立して閉ざされた日本海だ▼「戦略的互恵関係を望むなら撤回せよ」と中国が言う。高市首相は「日本の主権を守る」と反発する。だが守るべきは主権よりも、まず信頼ではないのか。外交とは腕力ではなく、耳と舌の使い方で決まる。相手を罵倒し、反論されて「やはり中国は横暴だ」と被害者を演じる。外交の舞台を内政のパフォーマンスに変えた時点で、この国の政治は終わっている。強気の言葉を並べても、世界から見ればただの“扱いにくい隣人”に過ぎない。バカが総理になれば、国が恥をかく。だがその恥を指摘するメディアもまた、恐る恐る遠回しに書くばかりだ▼バカが総理になるのは悲劇だが、そのバカを選んだ国民が笑っていられるうちは、まだ希望があるのかもしれない。だが現実は、怒ることにも慣れてしまった社会だ。高市早苗という人間が象徴するのは、政治家の劣化だけでなく、有権者の諦念でもある。強気の言葉に拍手し、外交の失敗を「毅然とした対応」と言い換える。国民がそうして目をそらす限り、この国は何度でも同じ過ちを繰り返す。世界の笑い者になってもなお、自分たちを称える拍手が国内に響く――それこそが、バカが総理になった国の、最も悲しい現実である。

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