大阪府警でまたしても、いや「またか」と言うべき事件が起きた。羽曳野署の警部補が、事件を装って口座情報を取り寄せ、元同僚の行政書士に漏らしていたという。しかも今度は、虚偽の捜査文書を作り、知人女性の個人情報を区役所に照会していたとして再逮捕された。犯罪を取り締まる立場のはずが、公文書を偽造し、個人情報を私的に収集。しかも相手はかつて同じ捜査課で机を並べていた元警察官。長年の「戦友」が、今度は「共犯者」だったというのだから、笑うしかない。府警の「府」はもはや「不祥事」の「不」と読み替えたほうが正確かもしれない▼同じ日、別のニュースも流れた。家宅捜索中に容疑者を殴ったとして、捜査四課の警察官二人が特別公務員暴行陵虐罪で起訴され、うち一人はさらに別の男性にも暴行していたとして追起訴。捜査員は二十四人もいたというのに、暴力を止める者は誰もいなかった。彼らは「スマホの暗証番号を言わなかった」ことを理由に、三十分以上にわたって平手打ちを繰り返したという。正義の鉄拳どころか、ただの暴行だ。警察官が容疑者を殴り、容疑者が「トクリュウ」の一味だという名目であれば、暴力も正義に変わるのだろうか▼不祥事がここまで連鎖しても、府警の会見はいつも同じ調子だ。「誠に遺憾」「再発防止に努める」「信頼回復を図る」。この三点セットを唱えていれば許されると思っている節がある。だが、信頼を回復するどころか、毎月のように「信頼を裏切る」ほうの事件が起きている。情報漏洩に暴行、セクハラに飲酒。もはや府警の人事異動とは、懲戒処分の場所替えに過ぎないのではないか。大阪府警には「特別監察室」という部署があるが、もはや特別ではない。日常監察が必要だ▼考えてみれば、この府警は昔から筋金入りだ。一九八二年には「賭博ゲーム機汚職事件」で現職・OB合わせて七人が逮捕、百二十人が処分を受けた。八八年には「警察官ネコババ事件」で、拾得物を着服した巡査を庇うため、妊娠中の女性を犯人に仕立て上げ、組織ぐるみで冤罪をでっち上げた。上司たちは証拠を捏造し、罪を押し付け、女性は精神を病んだ。以後も不祥事は途切れず、まるで伝統芸能のように代々受け継がれてきた。大阪府警にとって「綱紀粛正」とは、年中行事の一種らしい▼こうした体質の根は深い。現場では「ミスを隠せ」「同僚を守れ」という論理が支配し、上層部は「組織の名誉を守れ」と命じる。その結果、市民よりも組織が守られる。腐敗は現場からではなく、沈黙を強いる構造から始まるのだ。真っ当な警察官が少数でもいると信じたいが、声を上げられなければ同罪だ。大阪の街では、府警の青い制服がいまだに「安心の色」であると信じる人もいる。だが、もはやその色は、腐敗の青カビのように見える▼不祥事のたびに「再発防止」と唱えるが、そもそも「発」していない時期があったのか疑わしい。市民が信頼を失ったのではない。府警がそれを捨てたのだ。腐った土台の上に立つ正義は、風が吹けばすぐに倒れる。大阪府警が「府民の安全を守る」などと口にするたび、その言葉が虚しく響く。守っているのは、結局いつも自分たちの面子だけなのだから。

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