「命を守る取り組み」と銘打たれたキャンペーンが、今年もまた行われた。厚労省は「いのち支える自殺対策」を掲げ、9月を「自殺予防週間」、3月を「自殺対策強化月間」と定め、ポスターとリーフレットを全国に配布する。駅構内には「ひとりじゃないよ」と書かれた明るいイラスト。サイトには「ゲートキーパーになろう!」というバナーが並ぶ。PDFをダウンロードすれば、あなたも今すぐ命を支える一員になれるらしい▼国の掲げる「支援」は、どこまでも軽い。啓発ポスターが貼られるたびに、現実の孤独は深くなる。「いのちの電話」はつながらない。「SNS相談」は人手不足で自動返信。「AI相談」は返信率100%だが、感情は0%。姫路市では中学生向けに「友達AIヒメちゃん」が登場し、LINEで「つらい」と話しかけると優しく応答してくれるという。だが、AIが返す「だいじょうぶ?」は、慰めではなくログデータだ。言葉が届く相手がいない社会が、AIに「友達」を外注している▼本来の自殺対策とは、「死にたくなるほど追い詰められる社会」を変えることだったはずだ。だが、政策はいつの間にか「相談先の整備」へと矮小化された。貧困も虐待も過労も放置されたまま、「つらいときは話して」と言われても、話した先がAIや委託業者のコールセンターでは、救いになるだろうか。実際、自治体の多くは「自殺総合対策」を民間に委託している。京都市の仕様書には「実施主体は市とする。ただし、民間事業者に委託して実施する」とある。命を支える事業が、入札で落札される。人の死が、契約の対象になる▼厚労省のポスターは、毎年同じ言葉を繰り返す。「あなたのそばに、支えがあります」。だが、そばにあるのはスマホの通知と、形式的な啓発だけだ。実際に「誰かと話したい」人の声は、予算とKPIの外にある。自治体が作る「広報動画」は、感動的な音楽と優しいナレーションで彩られるが、その裏で、生活保護の申請は断られ、精神医療は満床のまま。行政は「声を上げて」と呼びかけながら、上げた声を受け止める場所を作っていない▼「死ぬな」という言葉は簡単だ。だが、「どう生きろ」と言える社会を作るのは難しい。だから国は、言葉だけを配布する。「命を支える」と書かれた紙が、支える対象を失ったまま街に貼られる。ポスターの横で、誰かが静かに消えていく。AIが返信し、自治体が報告書を書き、国は「取り組みを強化した」と発表する。まるで形式のために死が利用されているようだ▼形ばかりの「支援」が、いちばん残酷だ。そこには「死なせない」という意志がなく、「対応済み」という印だけがある。命を守るとは、誰かに寄り添うことではなく、誰かの存在を記録に残すことになってしまった。AIのヒメちゃんは、今日も中学生に「話してくれてありがとう」と返す。だが、その言葉を最も必要としているのは、AIではなく、この社会のほうだ。

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