[時事寸語]= 狂気に陥った警察

[時事寸語]= 狂気に陥った警察

 警察が狂気に陥ったのか、それとももとから狂っていたのか――もはや区別はつかない。徳島では、元妻にDV防止法違反で逮捕された巡査部長が、略式起訴で罰金七十万円。即日納付。まるで駐禁の反則金である。熊本では、賭博と借金を重ねた巡査長を「私的な事案」として隠蔽。神奈川では交番での情事が発覚し、減給一か月。警視庁では同僚の体を触った男が停職一か月で辞職し、その同じ庁舎では別の警官が拳銃で自らの頭を撃った。これでも「再発防止に努める」と言える神経が、いっそ羨ましい。狂気とは、当人がそれを狂気と思わなくなった時に完成するのだ▼警察が取り締まるのは犯罪者だが、犯罪者を取り締まる前に、まず自分たちを取り締まれと言いたい。もはや職務の現場は「治安維持」よりも「性欲維持」「借金返済」「情緒崩壊」の温床である。しかもその多くが、上司の談合によって“適切に処理”される。罰金を払えば正義が回復する。停職一か月で倫理が甦る。そんな魔法の儀式が、今日も全国の監察室で執り行われている▼マスコミもまた、見事にその狂気を装飾する。事件を報じても、「監察官室は指導を徹底するとコメントしました」と締めるだけ。自ら「報道」を名乗りながら、その実、警察広報の下請け業。セクハラも、DVも、拳銃自殺も、原稿のトーンは一様に冷たく、均質で、無臭だ。そこにあるのは怒りではなく、無関心という名の麻酔である。国民は読むたびに慣れていく。慣れることが、支配の第一歩だ▼徳島の巡査部長が略式罰金で済まされた理由を、誰も問わない。熊本の「私的事案」とされた賭博を、誰も検証しない。神奈川の交番不倫を、週刊誌が面白おかしく取り上げるだけで、構造を問う者はいない。狂気は、静かに制度化された。市民を守るはずの組織が、自己保存と体面維持のために腐っていく。倫理も羞恥も規則に吸収され、狂気だけが合法となった▼そして今日も、「厳正に対処する」という定型句が発せられる。誰もが聞き飽きているが、それこそが目的なのだ。警察は、失態を“日常”に変えることに成功した。報じる側は、狂気を“情報”に変えることに慣れた。こうして社会は、狂気に鈍感なほど安全だと錯覚している。だが、その安全の下で鳴っているのはサイレンではない。正義の死を知らせる、静かな警鐘である。

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