[時事寸語]= 開かれすぎたインターネット

[時事寸語]= 開かれすぎたインターネット

 夜中、ふと業務用ルーターの管理画面を開くと、そこには見慣れぬ「Rejected IP」のリストがずらりと並んでいた。数字は確実に増えていく。数千件を超えたあたりで、ルーターの可視化ログを分析にかけた。出てきたのは「pfcloud.io」「4vendeta.com」「recyber.net」など、いかにも物騒なホスト名の数々。IPアドレスを追うと、どれもドイツやブルガリアを発信源とする不正アクセス試行だった。ルーターは日夜、私の知らないところで、こうした“世界の闇”を静かに跳ね返していた▼興味本位で掘り下げると、Pfcloud UG という会社に行き当たった。ドイツに登録されているが、住所は東京・台東区と偽装され、表向きは「高品質ホスティング」をうたう。だが実態は、国際的に悪名高い「防弾ホスティング」――つまりサイバー犯罪を庇護する闇のサーバー群だった。マルウェア配布、ボットネットの指令、スパム中継、DDoS攻撃の温床。Spamhaus のブラックリストにも名指しで載っている。逮捕者まで出たのに、半年後にはまたサイトが復活。まるで切っても切れぬ Hydra のようだ▼ルーターのログにある「千回以上の拒否」は、つまり千回以上の“扉叩き”だ。SSH や HTTP のポートを次々に探り、侵入の隙を探している。目的はパスワードクラックか、リモートコード実行か。自宅ネットワークという小さな海岸線にも、毎晩こうした“漂着物”が押し寄せている。ふと考える。たとえ家庭用ではなく業務用ルーターを使っていても、完全に安全とは言えない。攻撃側は国家かもしれず、犯罪組織かもしれない。彼らにとって、私のネットワークはただの数字のひとつだ。だが、こちらにとっては生活そのものが詰まった領域なのだ▼それにしても、こうしたインフラが堂々と稼働している現実に寒気がする。防弾ホスティングは「DMCAを無視できる自由空間」として、技術フォーラムで宣伝される。そこでは“匿名性”が神のように崇拝されるが、実際には犯罪の温床に過ぎない。透明性を武器にすべき技術が、匿名性を盾に悪用される――インターネットが孕む根源的な矛盾だ。通信の自由と責任、その境界を守るべきルーターのログが、私にはまるで社会の縮図のように見えた▼技術は無垢だ。だが、それを使う人間が無垢とは限らない。ルーターのログを眺めながら、私はそんな当たり前のことを改めて思い出す。かつて“つながること”が希望だったネットは、今や“つながれすぎた世界”に変わった。誰もが発信でき、同時に誰もが攻撃できる時代。せめて自分の足元くらいは守らねばと、私は今日もルーターのファームウェアを更新する。小さな防波堤を築くように。

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