ガソリンの暫定税率が、ついに年末で廃止される▼物価高に苦しむ家計にとって、一リットル二十五円の値下げは確かに朗報に聞こえる。一世帯あたり年一万三千円の負担減——それだけを見れば「生活支援」として拍手喝采かもしれない。だが、安堵のガソリン臭にまぎれて忘れてはならないのは、一兆五千億円という税収減である。政治がその代わりを何一つ示さぬまま、「とりあえず安くする」ことだけを決めた。財源の検討は“来年以降”。朝三暮四の猿も、ここまで先送りはしない▼暫定税率は、七〇年代のオイルショック以降、道路整備の財源確保のために設けられた「時限措置」だった。それが半世紀も延命され、今ようやく幕を閉じる。だが“暫定”を続けた政治が、今度は“代替”を決めないまま廃止する。歳出改革か、法人税優遇の見直しか、高所得者課税の強化か——誰も結論を出せない。結果、次の政権が「やはり必要」と言い出せば、また復活する。税も、政治も、暫定のまま▼安くなれば、車は動く。動けばガソリンは燃える。燃えれば温暖化ガスが増える。脱炭素を掲げる政府が、その裏で化石燃料の消費を促す——この逆立ちした政策のどこに整合性があるのか。補助金で価格を下げ、その補助金は税金でまかなう。市民は支払って、受け取って、また支払う。財布の中では数字が動くだけで、実質の負担は変わらない。これを「政策」と呼ぶのは、いささか厚顔だ▼政治家たちは口を揃える。「国民生活を守るためだ」「誠意をもって取り組む」。だが、廃止の舞台裏で聞こえてくるのは、次の選挙区のガソリンスタンドからの拍手の音である。票になる政策には即断、痛みを伴う改革は先送り。財源の議論を避けたままの減税は、次世代への“ツケの繰り延べ”にほかならない▼ガソリンが二十五円安くなっても、この国の政治の軽さは一ミリも軽くならない。暫定を永久に、先送りを制度化する国に、持続可能な未来などあるはずがない。燃料が安くなっても、政治の燃費は悪化するばかりだ。

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