[時事寸語]= つながらない「いのちの電話」

[時事寸語]= つながらない「いのちの電話」

 「いのちの電話」に、いま電話をかけてもつながらない▼それでも報道の末尾には、決まり文句のように「いのちの電話」の番号が添えられる。誰もが助けを求める先として知っているが、誰もつながらない現実を知っている。国は「相談窓口を周知することが大切だ」と言うが、肝心の受け手がいない。善意に頼り切った制度が、善意の枯渇とともに限界を迎えている▼相談員の平均年齢は六十五歳。七十代、八十代が現場を支えているという。研修費五万円を自己負担し、一年半の講座を経て、報酬はゼロ。二十四時間体制といっても、実際は週末限定。もはや「いのちの電話」というより、「週末の電話」である。命の重みを、ボランティアの献身だけに預けてきたツケが回っている▼電話が鳴っても受けられない。かけても通じない。その間にも、ひとつの命がこぼれていく。つながらない番号を報道に載せて「支援しています」と胸を張る――これほど残酷な形の偽善があるだろうか。助ける姿勢を示すことで、助けている気になってきた社会の怠慢である▼それでも受話器を取る人がいる。無償で、夜を徹して、見知らぬ誰かの声に耳を傾ける人がいる。国がその献身に甘えるのは、もはや許されない。命を守るとは、電話番号を載せることではない。つながる仕組みをつくることだ。いのちの電話が「沈黙の電話」にならぬよう、制度の側が声を上げる番である▼誰かがいま、受話器の向こうで泣いている。その声に応えるべきは、相談員ではない。国家と社会そのものである。

コメントを投稿する

メールアドレスは公開されませんのでご安心ください。 * が付いている欄は必須項目となります。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。

ページの先頭