法を守る者が法を壊す——そんな言葉遊びが、もはや冗談では済まなくなっている。佐賀、高知、和歌山。警察官という肩書の下で、違法、隠蔽、暴走、腐敗が同時多発している。そして誰も驚かない。それが一番恐ろしい。「違法捜査」「証拠隠滅」「薬物所持」「パワハラ・セクハラ」——列挙すれば、もはや反社会的勢力のニュースと区別がつかない。彼らの職場は制服を着た“治安組織”ではなく、“違法行為の訓練場”になっている▼佐賀では、窃盗容疑で逮捕された男性に対して、県警が黙秘権を踏みにじり、自白を強要。釈放をほのめかしてまで署名を迫るその手口は、まるで昭和の拷問取調の焼き直しだ。裁判所は「黙秘権と秘密交通権の侵害」を認定したが、支払い命令はわずか四十四万円。“違法捜査”の代償が新車の軽よりも安い。これで正義を守っているつもりなら、もはや喜劇でしかない。国家権力が違法を犯し、司法が「ほどほど」にしか罰さない。それがこの国の法秩序の現実だ▼高知と広島では、薬物捜査を担当していた警察官が、自宅官舎で大麻を所持して逮捕された。捜査経験者が被疑者に変わる——皮肉というより、もはや“循環”。かつて押収していた証拠品の匂いを、今度は自分の部屋で嗅いでいる。公務員宿舎が薬物保管庫になる時点で、どんな「再発防止」を掲げても空しい。上司は「信頼回復に努める」と言うが、その信頼が存在した時代が本当にあったのかすら怪しい▼和歌山では、飲酒事故の処理が「面倒だった」と言って証拠を隠滅。呼気検査を短く切り上げて、基準値以下に見せかけた。挙げ句の果てには、訓練中の拳銃を仲間に向け、「ふざけてやった」と説明する警部までいる。セクハラ、暴言、大麻紛失。これは警察組織ではない。自浄作用を失った、国家公認の違法集団だ。彼らの掲げる「使命感」は、法の執行ではなく、面倒を避けるための方便にすぎない▼法を守るための権力が、法の外に居座る。違法を摘発する立場の者が、違法を“慣習”として受け入れる。監察も、謝罪も、懲戒処分も、すべては形式だけ。誰も責任を取らず、誰も恥じず、そして同じ事件がまた繰り返される。警察とは本来、法を越えた暴力を抑えるために存在するはずだった。だが今や、その暴力の中心に警察自身がいる。この国の治安を蝕んでいるのは、犯罪者ではない。“法を執行する側”が、最も危険な違法集団になっているのだ。国民はその現実に慣れてはいけない。なぜなら、次に黙秘権を奪われるのは、あなたかもしれないのだから。

![[時事寸語]= 違法集団・警察](/image/template-header.jpg)