[時事寸語]= 無責任内閣

[時事寸語]= 無責任内閣

 無責任という言葉をここまで体現する政治家が、いったい戦後に何人いただろうか。高市早苗首相が「存立危機事態」に言及した発言の火種は、もはや外交問題を超え、政治全体の倫理を焼いている。中国大使は人民日報で「撤回せよ」と書き、外務省はSNSで火消しを試みる。だが肝心の発火源たる首相は、沈黙をもって応えるばかりだ。火を点けた者が「冷静な対話を」と言い、炎を前に「毅然とした態度を保つ」と語る――この国の政治には、火事場でガソリンを撒く者しか残っていないのか▼与野党の討論番組を見ても、呆れるほかない。立憲民主党は「首相はラインを逸脱した」と批判するが、かつての政権担当時代には何をしたかを問われると途端に口を濁す。自民党は「冷静な対話を」と繰り返しながら、火種を抱えたまま居直り。国民民主は「撤回の必要はない」、参政党は「毅然とせよ」、維新は「中国への依存を減らせ」と経済の話にすり替える。共産党とれいわが撤回を求めても、現実的な行動に移す気配はない。もはや討論という名の責任回避ショーである。誰も火消しをせず、煙の向こうで互いに「冷静に」と唱える▼外務省がSNSで「日本の治安は悪化していない」と投稿する滑稽さも、無責任政治の象徴だろう。外交とは、Xでの口喧嘩ではない。だが政府は「表現を抑制」したと誇らしげに発表する。世界に向けて沈黙の美徳を売り込みながら、内向きには威勢のよい愛国談義。そんな二枚舌が通用するとでも思っているのか。結果はご覧の通りだ。日本文化は中国で次々と排除され、経済交流は縮小し、観光業は冷え込む。それでも首相は「毅然とした態度を維持している」と胸を張る。もはや責任感の墓碑銘である▼この無責任の連鎖は政権だけではない。支える自民党幹部は「首相の発言は従来の立場を変えるものではない」と言い切る。ならば何を変えるために彼女を据えたのか。国民民主は「撤回不要」と言いながら、次の連立を視野に入れ、政治理念よりポストを優先する。維新は改革を名乗りながら、結局は既得権の別働隊に過ぎない。参政党は「毅然」と繰り返すが、その言葉の中身を誰も説明できない。結局、誰も責任を取らず、誰も信念を持たず、誰も恥を感じない。これが現在の“保守”の姿だ▼そして、そんな政治家たちを選んだ私たちにも責任はある。無責任な政治は、無関心な民意の上にしか成り立たない。誰も怒らず、誰も問わず、誰も記憶しない。その果てに生まれたのが、この「無責任内閣」である。高市早苗は言葉で火をつけ、官僚は黙って油を注ぎ、政党は「冷静に」と唱えて火を見守る。――燃えているのは台湾海峡だけではない。日本の政治そのものが、無責任という名の炎に包まれている。

1件のコメント

  • クロゴマ より:

    「我が代表堂々退場す」と毅然とした対応をして滅んだ歴史があるのを忘れているんでしょうかね。
    忘れているというよりもむしろそういう歴史を知らないと言ったほうが正しいのかもしれませんが。

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