[時事寸語]= 告発最低福岡県

[時事寸語]= 告発最低福岡県

 不正を暴いた者ではなく、暴かれた側が捜査する——日本の行政は、いつからこうも倒錯したのだろう。▼福岡県が、県道整備の用地買収をめぐる不適切な増額問題で、内部資料の“流出”を理由に職員九十八人から事情を聴いた。質問は「資料の保管場所を知っているか」「コピーを持っていたか」「外部に出た経緯を知っているか」。告発者を探しているのかという問いに、県は「探索目的ではない」と胸を張る。公益通報者保護法には当たらないとも言い切った。内部資料には個人情報が含まれているから調べた、というのが言い訳だ。だが、県がまず守ろうとしているのが県民の利益ではなく、自らのメンツであることは、誰の目にも明らかだ▼そもそも発端は、地権者の強い反発で補償額が一気に五倍——四百三十万円が二千百六十五万円になった不自然な用地買収。報道がなければ闇に消えていたかもしれない。問題はその「事実」ではなく、「情報が漏れたこと」になっている。まるで事件そのものより、通報した者の存在こそが悪だと言わんばかりの調査姿勢。県は「弁護士に確認した結果、公益通報ではないと判断した」と述べた。法の保護の外に押し出すことから始めるとは、法を知る者の発想ではなく、法を利用する者のそれである▼それにしても、マスコミの追及の弱さが際立つ。「探索目的ではない」という県の言葉をそのまま見出しにして終わり。識者コメントを一行添えるだけで「平衡報道」の体裁を保つ。四十年前ならば大騒ぎだったろう。内部告発者を探すなど、行政倫理の根幹を揺るがす暴挙だとして、社説が連日紙面を埋め、県庁前にはカメラが並んだはずだ。だが今は、告発者探しすら「ニュースの一件」に過ぎない。行政も報道も、麻痺している▼服部誠太郎知事は「通報者を捜して不利益な取り扱いをする考えはない」と言う。しかし九十八人に一斉に事情聴取をすれば、それ自体が圧力であり、恐怖である。告発者を特定するための質問ではなくても、「次は自分が」と職員たちは口を閉ざす。内部通報制度を設けた側が、最初にその理念を踏みにじる。こうして組織は沈黙の文化を深め、腐敗を温存していく▼不適切な買収を告げた者は処罰されず、告げ口をした者だけが冷たい視線を浴びる。行政倫理の鏡はひび割れ、反射するのは組織の保身だけ。公益通報者保護法を盾にするべき側が、刃として使っている。まさに“最低の県”。だが、それを“理解”という名で受け流す世論こそ、もっと深い病を抱えているのかもしれない。

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