一九九〇年、バブルの熱気がまだ街を包んでいたころ——千葉の太平洋岸に“夢の群島”が描かれていた▼その名も「九十九里セブンアイランド構想」。鹿島建設が中心となって構想した、六千ヘクタールに及ぶ七つの人工島群。そこには、二十四時間稼働の海上空港、石油備蓄と発電を担うエネルギー島、東京港の機能を分担する巨大物流拠点、そしてゴルフリゾートやマリンシティまで並ぶ予定だった。九十九里の沖合に浮かぶ未来都市。東京湾岸の過密を解き放ち、日本経済をさらに“夢の時代”へ押し上げるはずの計画だった▼もし実現していたら——そう考えると、背筋が少し冷たくなる。完成はおそらく〇〇年代初頭、ちょうどバブルの泡が完全に消え、失われた十年が底を抜けるころ。空港島には離着陸する機体よりも赤字決算の帳簿が並び、物流島のクレーンは稼働せぬまま塩風に錆びつく。エネルギー島のLNGタンクは維持費だけが膨張し、ゴルフ島のフェアウェイには雑草が伸び放題。そこに一一年三月の東日本大震災が襲っていたとすれば——人工島群は液状化と津波で壊滅し、海上空港の滑走路は地図から消えていたかもしれない。夢の群島は、現実の海に呑まれた幻影だったろう▼しかし、当時のパンフレットを眺めれば、どこか胸をくすぐるロマンがあるのも確かだ。湾岸道路からシームレスに延びる未来的な連絡橋、海を背景に夜通し光る高層ホテル群、海風を受けて発電する巨大なタービン——“二十一世紀型都市”という響きに、誰もが希望を投影していた時代。昭和の終わりが生んだ、最後の空想的な国家デザインだった▼九十九里の海は、今日も穏やかに波を寄せている。海上に島影はない。けれど、もしあの構想が実現していたなら、千葉の海は今ごろ「第二の関空」と呼ばれ、財政破綻と環境破壊の象徴として全国ニュースの常連になっていたかもしれない。そう思えば、海が何も語らず、ただ潮風だけを残している今の姿の方が、ずっと健全で、ずっと美しい。夢の群島は沈んだまま——それでよかったのかもしれない。

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