警察の不祥事が、もはや例外ではなくなっている▼大阪では警部補が個人情報を警察OBに漏らし、福岡では性犯罪捜査の元幹部が二千人超を盗撮していた。家宅捜索の現場で暴行を加えた捜査員は起訴され、佐賀ではDNA鑑定の不正。鹿児島では内部改革を掲げながら、第三者検証は拒む。国家の秩序を守る最後の砦が、今や法を破る側に回っている。再発防止の言葉が聞こえるたび、国民の信頼は一段ずつ崩れていく▼「警察への信頼が揺らいではならない」と語る国家公安委員長。だが、揺らいでいるのは信頼ではなく、もはやその言葉の重みそのものだ。監察も内部、検証も内部、処分も内部。第三者機関による検証を求めても、「公安委員会がある」と突っぱねる。警察の不祥事を警察が調べ、警察が反省し、警察が公表する。そこに市民の視点はない▼それでも報道は穏やかである。地元紙は「再発防止策を検討」「職員教育を徹底」と伝え、テレビは「辞職した」「処分した」で終える。なぜか“その後”を追う記者は少ない。深掘りしようにも、記者クラブのドアは重く閉ざされている。警察署に机を置かせてもらう代償として、書けないことが増えた。権力の監視者が、監視される側に寄り添う構図である▼警察のモラル崩壊は、社会の鏡でもある。組織の中で不正を見ても告発できず、沈黙が常態化する。不祥事を「個人の問題」として処理する限り、構造は変わらない。盗撮も暴行も情報漏洩も、同じ根にあるのは「権力の私物化」だ。法の番人が、法の外に立つとき、国家は静かに腐っていく▼市民が恐れるのは、凶悪犯罪ではない。真実を隠す警察と、それを追わぬ報道である。沈黙を守る者がいる限り、不祥事はまた起きる。正義の名を掲げながら、正義の背中を見失うこの国で、信頼を取り戻す日は、まだ遠い。

![[時事寸語]= 相次ぐ警察不祥事とマスコミと](/image/template-header.jpg)